上原 昇(うえはらのぼる)【会員個別ページ】

   専 門  作曲
  


活動地域  兵庫県・大阪府・京都府・徳島県・香川県・和歌山県


所属団体  日本作曲家協会
      日本音楽著作権協会


作品紹介  「出直さないかもう一度」
      上原昇/作曲、東根泰章/作詩、斉藤恒夫/編曲、増位山太志郎/歌

      「夜汽車」
      上原昇 /作曲、田中哲一/作詩、竹村次郎/編曲、泉ピン子/歌
 
      「未練酒場」
       上原昇 /作曲、南条清一/作詩、赤松博司/編曲、神川しほ/歌

      「維新の若虎」
       上原昇/作曲、森岡ひであき/作詩、野力良/編曲、大林幸二/歌
 
      「ひとり・オホーツク」
       上原昇/作曲、仁井谷俊也/作詩、丸山雅仁/編曲、鳥羽一郎/歌、第5回古賀賞一般部門優秀曲


リンク   ホームページ:http://www.eonet.ne.jp/~makari/


お問合せ   日本作曲家協会:03-3585-4970(電話)
              03-3585-7694(FAX)
              makari@iris.eonet.ne.jp


上原昇のプロフィール

昭和23年(1948)年生まれ、室津中学校卒、牡羊座、淡路島在住です。
協会入会は昭和61年(1986)です。

私が作曲を本格的にやろうとしたきっかけは、会報、No.206の「五線紙のある風景」でも書かせて頂きましたが、NHK放送の「あなたのメロディー」です。

元々、歌を唄うのが好きなだけです。楽譜もまともに書けないありさまで、弱起と強起も知らなくて、我流で始めた作曲です。

昭和50年(1975)、1回目の採用曲は「二人夜曲」唄 細川たかしさんです。
自分の拙い曲が編曲され、オーケストラの演奏で、プロの歌手が歌ってくれる、夢のような世界です。その曲が、アンコール曲、年間優秀曲にも選ばれました。

それ以降も、何曲か(8〜9回)あなメロに採用されましたが、番組に出演することは自分の人生で新発見ばかりで、感動は増すばかりでした。
又、交通費、宿泊費等がNHK持ちなので、その当時、弟が東京在住だったので宿泊させてもらい、その浮かせた金で弟と居酒屋で呑めました。
寛容だったのでしょうね。

その後、故岩瀬ひろし先生・主幹の「歌謡研究」に入会させて頂き、添削講師の松尾健司先生に手とり足取りじゃないですが、教えを請い、勉強させて頂きました。(先生の代表曲は、舟木一夫さんが歌う「高原のお嬢さん」)

そこで知り合った詩友の一人が、仁井谷俊也さんです。
彼との合作「ひとり・オホーツク」が、昭和59年度(1984)、第5回古賀政男記念音楽大賞、一般部門優秀曲に選ばれました。

仁井谷さんは広島県尾道に住んでいたのですが、この受賞を機に東京で作詞家を目指す・・と、宣言。

こちらも一緒にと、言いたいところでしたが、長男で稼業(菓子製造業)を継がなくてはないけない身なので、まあ期待してるから頑張れよ、と言ったのですが、本当に頑張って、今では、作品名を聞けば誰もが知らない人がいないくらいヒットメーカーです。
その彼と一時期でもコンビを組んで貰えたのを感謝して、今の小生があります。
又誇りに想います。

最後に、彼からの売り込み時代の苦労話、裏話を聞いているので、一披露します。
天童よしみさん・歌の「人生しみじみ」誕生話です。

その当時、日課となっている売り込みに行き、まあ預かっておくよと、ディレクター預かりとなっていた詩「人生しみじみ」(たまたま机の一番上にあったそうです)それを通りがかった、曽根幸明先生が、いい詩だなあ、と。
これは俺に書かせろという話だったと・・・それも何作もある中で、机の一番上に乗っていた偶然。
後日、協会のゴルフコンペで幸明先生と同伴競技となりましたので、いい機会とお聞きしたところ、本当にそうだ間違いない、と確認しています。
そのご両人も、天国に召されて、そこで歌談義をしているかも?・・・あの上原、作り話をしていると、思われるかも知れませんが、これは本当の話です。

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